>> 2012五島長崎国際トライアスロン大会 <<

〜 市役所へ 〜


宿に戻る。

宿のお母さんに出迎えられ、祝福の声を掛けてもらう。
自転車をカフェテリアに置かせてもらい、部屋に向かう。

風呂にも入りたいしご飯も食べたいけど、この後に最大のミッション:市役所に行って婚姻届を提出するという大役が控えている。
実は1ヶ月ほど前、このレースが終わったら届けを出そうと話をしていたけど、その後妊娠が分かり、それを記念日として早くてもいいよ、という話もした。
けど、当初の予定通り提出はレース後に、ということになった。
だから、今日中に出さなきゃ今日を選んだ意味が無くなってしまう。

あまりのんびりもしていられないから、まずはサッとシャワーを浴びて、市役所に行って、その後ゆっくりしようという事にした。

一日を振り返りながら、やや急ぎ足で身体を洗い流す。
バスタオルで身体を拭いて、フィニッシャーポロシャツに着替える。


そういえばiPhone。
気になって見てみると、何件かの祝辞メールが入っていた。
それに簡単に返信…をしていると、徐々に気分が悪くなってきてしまった。
どうやらレース直後はアドレナリン効果からか、まだピンピンしていたものの、気が抜けたからだろうか、疲れがどっと押し寄せたようだ。


お腹はやや減っていたが、今日という日も残り40分。
今日のうちに、市役所に行かなくては。

「べつに、明日でも大丈夫だよ。」
体調を気遣って声を掛けてくれるカノジョさん。
でも、歩いて行ける距離だからきっと大丈夫のはず。だって、226.2km走れて、たかだか数100mの距離を歩けないはずがない。


小雨が降るなか、傘をさして静まりかえった夜の街を歩く。

宿を出て、シャッター街の商店街を歩く。
まだ何件かお店もやっているみたいだ。

…歩けば歩くほど、気分が悪くなっていく。


だんだんまともに歩けなくなっていく。

カノジョさんに支えられながら、市役所を目指す。




GPS地図を頼りに、商店街を出るとそこは街灯すら点いていない真っ暗な道だった。
本当に、こんな暗い中で市役所が開いているのだろうか。

若干迷いながらも、なんとか市役所に辿り着く。


正門は当然ながら閉まっている。
でも2階の窓から明かりが見えるから、誰かしらいるはずだ。

少し右往左往していると、正面入口のそばにインターフォンがあるのを発見。これを押す。
意外にも、押してすぐに返事があった。

肝心の、婚姻届受理の可否についてまず確認。
それが大丈夫と分かり、提出場所を確認する。
声の主に、裏側の通用口に来るように指示される。


ぐるりと建物を回り、通用口に辿り着く。
そこは当直の警備員の控え室を兼ねていた。




畳に座っていた警備員が出てきて、比較的慣れた手つきで記入箇所を確認し、指定の場所に印鑑を押す。


半年間、空欄だった日付記入箇所。
ここにようやく日付を、2012年6月17日の日付を記入する。
大丈夫。時計はまだ今日の日に間に合っている。



完成した婚姻届。



感慨深くこれを眺める…余裕は無かった。。。
あまりの疲労感に、ただひたすらに指示された内容をこなすだけ。
でも、ようやくこれを完成させられたことに、心は安堵感で満たされていた。

警備員に託し、市役所を後にする。



でも…


まともに歩けない。


まともに帰れない。



ふたり、傘をさしながら、ヨメさんに支えられながら、暗い夜道を商店街目指して一歩ずつ歩いていく。

前を向くことができない。
うつむき姿勢のまま、ヨメさんに頼りながら歩を進めてゆく。


本当に、体力を使い果たしたんだなぁ。。。

こんなの初めてだ。



「おんぶしていってあげるよ。」
たまらず、ヨメさんが身を呈してくれる。

でも、お腹に子どもがいて、さらにこんな大きな男を背負うだなんて、いくらなんでも負担が大きすぎる。
だから商店街までは頑張って、でもヨメさんに支えられながら歩いてゆく。


屋根のある商店街。
そこにベンチを見つけ、たまらず座り込む。
いや、横たわる。


息も少し荒い。
でも横になると、幾分ラクになった。

いったんその場を離れるヨメさん。


目を閉じる。

静寂にあって、しとしと降る雨の音が聞こえてくる。
呼吸と、心臓の動きが伝わってくる。


ペットボトルのお茶が目に入る。
ヨメさんが自販機で買ってきてくれた、よく冷えたお茶。

ひと口、ふた口これを口にする。

呼吸はやや落ち着いてきた。
でも、歩くにはまだフラフラ。


「おんぶしていってあげるよ。」
再度の言葉。

でも、こんな体格差のある男を背負わすわけには、いくらなんでもいかない。

「もっと頼ってくれていいんだよ。」


涙が出る。

気持ちを受け取り、それだったらせめて、と、身を預けて立ち上がり、ただひたすらに支えられながら宿へと戻ってゆく。



数件のお店を通過。
晩ご飯は、とても食べられそうもない。

何度も倒れそうになりながら、辛うじて宿に辿り着く。
エレベーターに乗って、部屋に向かう。

カギを開けてもらい、靴を脱ぎ、そのまま倒れ込むように寝る。。。



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