>> 皆生トライアスロン参戦記 <<

〜 プロローグ 〜


徹夜、終電、終電、終電。
そして3連休は2日が休日出勤、
続く翌週も徹夜、終電、終電、終電、終電。。。


生涯目標、国内5大ロング大会制覇の第3ステージとして選んだ皆生の前に立ちはだかったのは、それまで経験した事の無いような、絶望的に追い詰められた案件立ち上げ業務だった。

まだ平和だった2月のエントリー、そして突然降り掛かった災難の最中、レースの当選通知はやってきた。



やや案件が落ち着いてきた頃だったとは言え、当然それまでの期間は練習どころではない。だからそれを受け取った時の気持ちは複雑だった。

しばらくエントリー代の振込を据え置き、仕事に注力せざるを得なかったが、そのピークを過ぎたからだろうか、精神的にも少しずつ余裕を持てるようになっていった。

圧倒的な練習不足、しかし掴み取った3度目のチャンス。今からもがいても間に合わないかもしれない。でも、万一完走を果たせなかったとしても、きっと長い目で見て、何かを得る事はできるハズだ。

そう心を決め、エントリーを決断。


レースまで80日を切った初夏。
失いかけていた皆生への想いが、国内5大大会制覇への想いが、生涯目標への闘志が。

長崎大会から2年。その火は小さくとも、確かに燃え続けている。

時に、男37歳。
生涯目標へと邁進する3度目の闘いが今、幕を開ける。




不安と期待と焦燥感と



2010年、宮古島大会完走。
2012年、長崎大会完走。

かつての生涯目標、「死ぬまでにロングディスタンス大会の完走」は、宮古島大会の完走によって達成され、その目標はいつしか「国内4大ロング大会の完走」へと進化していった。
加えて、長崎大会がアイアンマン・ジャパンからバラモンキングに変更となったことで、同時に「アイアンマンの称号を獲得する」という目標も掲げることとなった。

数年の沈黙を破り、ついに復活したアイアンマン・ジャパン。
舞台を北海道へと移したそれはハードなBIKEコースを筆頭に、7万円もするエントリー代などの難題を引っさげて待ち構えることとなった。

やはりこれに参加する以上は100%確実に完走したい。
しかしそのための準備が、残念ながら今シーズンはまだ出来ていない。

その代わり、今シーズンは皆生か佐渡に挑むことにしよう。


2014年。
いつしか国内「5大」大会の完走へと変遷した生涯目標を胸に、まずは皆生に次なる照準を定める。



実は当初、皆生大会の他に佐渡大会も視野に入れ、ダブルエントリーする予定だった。酷暑or大雨の2択という皆生が、国内5大大会制覇の最後のほうまで残りそうな予感がしていたので、「皆生で身体を完成させて佐渡に挑む」という目論見だ。
それに向けてJTU登録もしたが、仕事がとんでもない事になっていたので結局佐渡のエントリーをせぬまま、申込期間が終了していった。

迎えた絶望的な環境、加えて嫁さんと子どもがいると、やはりなかなか練習できないのが常。しかしそれでも嫁さんがうまいこと時間を割いてくれて、ロング大会に向けた練習を少しずつ重ねることが出来た。


最終的にこなす事のできた練習量は、SWIM5kmを2回、BIKE登坂130kmを数回、RUN40kmを2回、およびBIKE&RUNの複合練に加え、会社帰りのRUN15kmを数回。
絶対量としてはまだまだ足りないが、「きっと何とかなるだろう」というレベルまでは持って行く事ができたと思う。

心配要素と言えば、大会1ヶ月ほど前に、BIKEのスプロケが破損し、それに付随してチェーンとチェーンリングの摩耗の相性に伴う全交換が必要になったが、自分の8段仕様の機材でチェーンリングを入手しようにも生産中止と。。。その修復作業に手間取り、結局スプロケとチェーンのみの交換をするに留まった。
明確に不具合として認識したのが、インナー42×19の組み合わせで時々歯飛びが起きること。これがレース本番でどうなるかも心配の種だったが、今からどうこうしようにも間に合わない。
レース中に不測の事態が発生しない事を祈り、レース後に10段仕様に全交換を検討する事にした。


BIKE装備と言えば、前回、長崎でぶっつけ本番で試したCO2ボンベ。結局バルブのサイズが合わなかったものの幸いにもパンクしなかったので何とかなったけど、今回は事前に練習して、手順をキッチリ把握。

加えて、ボンベを取り付けるサドル後部のボトルケージも今回のレースを前にようやく装着。



これを使うことで、ウエストポーチを使わずに済む。重量は軽くとも、長時間ウエストポーチを付けていると意外とダメージが蓄積される。その対策をする事で今回は回避できそうだ。
それに、やはりこれを取り付ける事で「ロングトライアスロン用の装備」の実感がなんとなく湧く。まぁ自己満足だけど。


ウエットスーツ着用時の感覚を取り戻す事を目的に参加した、大会10日前のオープンウォータースイミング大会。



海での泳ぎ、およびウエットスーツの利用機会は年数回と少ないが、不思議と違和感は無く、すんなりと感覚を思い出すことが出来た。


身体のメンテナンス。歳のせいか、年々疲れの抜けが芳しく無くなる一方。そこで大会4日前、行きつけの整骨院で念入りなマッサージと鍼治療を受ける。ホントはもっと定期的に行ったほうがいいんだろうけど、いささか財布の負担が大きいので、なかなか。。。
なお今回は背骨近辺に沿って、小さい鍼付きのシールを8枚ほど貼ってもらった。初めての経験だったが、レース中も付けたままでよいとのこと。そうとあれば、このままやってみよう。



いろいろあった中、こうして実質3ヶ月弱で急ピッチで仕上げることが出来た。だが、やはりハードなBIKEコースと酷暑下のレースには、どこまでも不安感が払拭できずにいた。
特に夏のレースと言えば、38度近い気温になった事もある埼玉ミドル大会にほぼ毎年参加しているものの、ここ数年はタイムオーバーばかり。



その際、皆生大会を知るスタッフの談話で「皆生はとにかく暑くてイヤになってしまう」と耳にしていただけに、果たしてあの炎天下でしかもロングとなると、、、と、なおさら不安は募るばかり。

加えて、Webで先人たちの情報収集をすればするほどに、BIKEコースの鬼っぷりや、とにかくの暑さを改めて感じることになる。

でも、やる以上はどうしても完走したい。

国内5大大会の制覇という目標はもちろんだが、それ以外の理由に【この先のレースエントリー条件のクリア】というものがある。たいていのレースに「3年以内にミドル以上のレース完走実績」というハードルがあるのだが、もし今回を逃すと2012年の長崎ロングの完走が来年:2015年大会エントリー時のギリギリな実績になってしまう。だから今回の皆生は、どんな逆境にあっても、なんとしてでも完走したいのだ。


不安と期待と焦燥感が入り混じる日々。そしてレースまでの日数は留まること無く減ってゆく。




宿の確保と現地での移動手段



レースそのもの以外にも、不安要素や準備は山積している。例えば同行者。前回は嫁さんが応援について来てくれたが、今回はいろいろ考え、相談した結論として、残念ながら家族は留守番という事になった。まだ娘が1歳半なので、家族全員での参戦は次回以降にお預け。

それからいつも苦心するBIKEの輸送手段。大型トランクは分解・組立の手間があまりにも掛かることに加え、今回の開催地:鳥取は東京と陸続きだから大丈夫だろうという予測のもと、通常の輪行袋+ダンボールで送る作戦でいくことに。もちろん、車体はエアキャップとバスタオルでしっかりカバーする。



発送期間はいつもと違って、レースわずか1週間前にヤマト便で発送。それでも、ものの2〜3日で届くとのことだ。ちなみに衣類やレースグッズを詰め込んだバッグも一緒に発送できた。




次に現地までの移動手段。こちらは飛行機も新幹線も値段に大差なかったので往復とも飛行機を利用することに。
ついでに宿もANAのセットプランで確保。



実は大会本部から宿の斡旋だけはあって、スタート会場に近いプランと開閉会式会場に近いプランが用意されており、現地での動き方をいろいろシミュレーションして後者で申し込みしかけたが、ANAのプランもほとんど同じ条件だったため、結局それは利用しなかった。


ところで、なんとなく今回は宿の確保がラクだった気がする。いや、宮古島が異常なだけかも。
長崎も、もしアイアンマンが続いていたら大変だったかもしれない。バラモンキングになって、こちらも比較的すんなりだった感触があった。けど、飛行機も一緒に斡旋してくれた2大会とは違い、今回は移動手段までは斡旋が無かったので、そのあたりで少しだけ苦労したかな。
そう言えば佐渡Bタイプに出たときも、確か斡旋は少なかった気がする。今やあの大会はTV番組の影響で競争率も高くなってしまったようなので、参加するときは気を付けねば。


最後に、肝心のレース当日の移動手段。朝とゴール後の移動は、調べる限りどうやら自走しかないらしい。まぁ距離はさほど離れてないからいいけど、大丈夫だろうか。
これがもし家族も一緒に移動、となったら果たしてどうなっていたことやら。スタート会場近くの宿を取るか、それかタクシーとかになったかも。
まぁそのあたりは近い将来、家族で行くことができた時にまた悩むことにしよう。



宿も取れた。飛行機も取れた。現地の移動手段もおおよそ固まった。BIKEも荷物も送った。
準備のすべては整った。

さぁ行こう、皆生へ。



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